プロフィール

●ページ更新日:2024年05月10日

ごあいさつ

マハロ開運堂・瀬戸貴史の顔写真03

ご訪問ありがとうございます。
瀬戸 貴史(せと たかし)と申します。

基本的には1999年から身体一つで日々せっせと施術に勤しみ続けてきた一般的な整体師であり、プライベートでもそこらへんにいる普通のオッサンみたいなものであるヤツです。

トップページ(私についての欄)でも申し上げている様に、自分のために原始仏教を学んできた事の副産物みたいな流れにより、僧侶や陰陽師やスピリチュアルカウンセラーといった系の方々から何かと頼って頂いたり講演のオファーを頂いたり等々という事はあってきたのですが、あくまでそちら系を本業とする事はなく、鑑定業についても行うとは最近まで考える事すらなく過ごして来ておりました。

しかし、日本で生きる多くの庶民にとって良い軌道に乗り難くなっている現況の中で何かさせて頂ける事はないものかという思いから、30年以上に亘り秘蔵の状態になっていた「自身が持つ波動を利用して自身の運命をコントロールする方法」を表に出し「真波動鑑定」という形で皆様に提供させて頂く事にしたという次第でございます。

いくらプロでいらっしゃる方々のご相談に乗らせて頂いて来たとはいえ、鑑定業を行う者としては至らぬ点もあるかと存じますが、全身全霊の心持ちで務めさせて頂きますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

来歴

★1970年:長崎県は雲仙の標高1300mあたりで人生が始まる。

雲仙・白雲の池
雲仙・白雲の池にて撮影

345°くらいの範囲にわたって奥深い森林に囲まれているという環境の中で、水道が凍って水が出なくなる様な寒さの日でも半袖半ズボンの恰好で駆けずり回り、そこらへんに生えていたり実っていたりしているものを食べまくるもんで虫下しが必須という様な調子の、かなり野性的な幼少時代を過ごす。

★1978年:長崎市へ移住し、標高が高い雲仙と比べて高い気温や、そこらへんに食べられるものが生えたり実ったりしていない物足りなさに喘ぐ目に遭う。

★1979年~1984年:友人の誘いがきっかけで始めた柔道に燃える反面、お勉強の方には全く燃えないという、昭和のスポーツ系マンガとかで見た様な調子を貫きながら、中学2年の2学期終了までの年月を過ごす。

★1985年:当時「柔道王国」と言われた福岡の名門であった花畑中学柔道部の監督(当時)から受けた甘い誘いの言葉にまんまと乗っかった事により、中学2年の3学期から単身にて福岡へ。

★1986年:柔道の特待で某私立高校に行かせてもらうつもりで高を括っていたらちょうどそこの柔道部で不祥事があって行けなくなったため、慌てて受験勉強したうえで普通に受験してなんとか全国大会制覇の歴史を持つ柔道部がある福岡県立嘉穂高校へ進学。

マハロ開運堂・瀬戸貴史が掲載された新聞記事
昭和62年2月4日:日刊スポーツ
実はこんな調子の選手であったが、2年生の時に長らく苦しみ続ける事になる重い腰痛を患ってしまい、殆ど要領だけで高校最後となるインターハイの県予選は優勝する事ができたものの、その次の九州大会準決勝で見事にぶち投げられ、さらにその次の金鷲旗大会で初めて下級生に有効を取られての敗北を喫したとこで「コリャもう無理だわ」と力尽きてインターハイの全国大会出場は辞退し、そこで実質的な現役引退となる。
柔道の試合の模様
殆ど要領だけで最後の優勝を決めた試合
(昭和63年インターハイ県予選個人重量級決勝)

※この頃に自らの身体を治すため各地の治療院巡りや研究を開始し、そして長らく続けて行った事が、後に整体師の道へと繋がる事に…。

★1989年:中央大学法学部へ進学するも、腰痛の悪化のため、たしかその年のうちに郷里の長崎へ引き揚げたうえ、半年以上に亘り殆ど寝たきりで激痛に悶え続けるという日々を過ごす事になる。

※この悶え続け状態の時に強い絶望状態に陥り「なんとか救われたい!」となった事がきっかけで「そういえば仏教って色んな宗派に分かれてるけどブッダ自身はどんな事を言ったんだろう??」という考えに至り、動けないため家族に頼んで入手してきてもらった書物によって「原始仏教」に触れ、まずは現代仏教とまるで違う事に驚いたうえで理解を深めて行った結果、身体の痛みこそ取れないものの心がまるで別世界というほどの塩梅で楽になり「ブッダすげえ!!」となる。
そして、それまではただ天井を眺めながら悶々とする日々であったのに、一転「ドラクエ3」のプレイに燃えながら心苦しめる事なく回復を待つ日々を送る状態になる。

その後、寝たきり状態からはどうにか脱出し、暫くの後に再び福岡へ移ったうえで社会人として歩んで行く事になるも、決して体調が芳しかったわけではなく、治療法の追求・研究や残り続ける痛みとの戦いを続けながらなんとかやって行くという十余年間を過ごす。

※再び福岡へ移ってから間もないくらいの頃に、大阪の岸和田で浄心庵という所を開かれ、あくまで一個人でありながら傑出した力量をもって世界中の方々を救いに飛び回られた、故・長尾弘先生という現代では稀な「原始仏教」のグランドマスター的な方とご縁を頂き、直接のご指導も頂きながら更に「原始仏教」の理解を深める事になる。
◎また、その頃に「波動の原理」も知る事になる。

★1999年:腰痛発症から十余年という年月を経てついに、現在の師匠である凄腕整体師と運命的な出会いを果たした事により痛みから解放され、脳内がお花畑に蝶々ヒラヒラ状態になった事がきっかけとなって、それまで続けて来た治療法の追求や研究で得た事も活かしながら今度は自分が人の痛みを取る側になりたい!という思いに至り、勤めさせて頂いていた会社を円満退社のうえで整体師の道へ。
師匠の教えを頂きつつ、東京にある「メディックスボディバランスアカデミー」のカリキュラムによる猛勉強と実技の猛特訓を経る。

★2001年:福岡市博多区にて整体院を開業。

マハロ開運堂・瀬戸貴史が寄稿した情報誌のコラム
九州版情報誌e-JANに於いて
(現在は発刊されていません)
ご縁があって九州版情報誌に健康系コラムを連載なんて事もさせてもらいながら、ひたすら施術に励む日々を送る。

※ちなみにこの間に、柔道での実績により「嘉穂高校の瀬戸」と言えば私であったという座を、同高校の後輩である俳優の瀬戸康史さんによってものの見事に奪い去られる事になる。

講演会の模様

★2010年頃から、段々と僧侶・陰陽師・スピリチュアルカウンセラーといった方々からコンタクトを頂戴する様になったうえ、諸々のサポートをさせて頂く様になる。
また、その方々からのお招きにより各地へ伺わせて頂く形や、自身が主催の形で、原始仏教に関する講演会や座談会を行わせて頂く様にもなる。

※只今のところ、私が施術業で妻が医療従事者という職業柄により多人数に集まって頂く系の活動についてはまだ控えさせて頂いている最中です。

~2022年:整体に日々勤しむ傍らで原始仏教に関する活動を行うという生活を、懲りもせずひたすら続ける年月を過ごす。

★2023年:上述のとおりの仕儀により「真波動鑑定」を始める。

そして、現在に至る。

ご参考:保有資格

★上級バランス整体師、バランス整体師養成員
(民間資格)

★応急手当普及員
(消防局認定資格)

★一般毒物劇物取扱者、測量士補、危険物取扱者乙種第4類、防災管理者、甲種防火管理者
(国家資格)

私の整体院について

ご興味がおありの方もいらっしゃると思いますので、整体院の公式Webサイトへのリンクを下段に貼らせて頂いております。

もしも整体院の詳しい情報をご所望であれば、公式Webサイトの方でご覧を頂けたらと存じる次第であるわけなんですが、ここで1つだけお願いしたい事がございます。

当方は、電話によるご相談には対応しておりません。
整体院への電話によるご連絡は、整体のご予約や実際に整体を受けてみたいという意図によるお問い合わせ及び当方に責めがあるご用件以外ではなさらない様にお願い申し上げます。
※実は過去に、無理強いの形で相談の電話を掛けて来た方々がおられた事により整体をお受けの最中であられる方々のご迷惑になった事例が発生した為にお願いをしている次第でございますので、どうか悪しからずご理解くださいませ。

★整体院の公式Webサイトはコチラです
マハロ整体ルーム公式Webサイト

※さいごに改めまして…
諸々どうぞよろしくお願い申し上げます。
マハロ開運堂・瀬戸貴史